そんな彼に、私は都々逸を教えてあげた。
「お顔みたけりゃ写真あり 声が聞きたきゃ電話あり こんな便利な世の中に 会わなきゃできないこともある」
男女のあいだでも、いちばん大切なことは会わなければできない。
経営者も、いちばん大切なことは人間を通じて学ばなければいけないのだ。
経営者にかぎったことではない。
インターネットでは答えの見つからないことが、世の中にはたくさんある。
本当に価値のある情報というのは、生身の人間が持っているのではないだろうか。
「お顔みたけりゃ写真あり 声が聞きたきゃ電話あり こんな便利な世の中に 会わなきゃできないこともある」
男女のあいだでも、いちばん大切なことは会わなければできない。
経営者も、いちばん大切なことは人間を通じて学ばなければいけないのだ。
経営者にかぎったことではない。
インターネットでは答えの見つからないことが、世の中にはたくさんある。
本当に価値のある情報というのは、生身の人間が持っているのではないだろうか。
小倉昌男
1924年12月13日東京都生まれ。東京大学経済学部卒。1948年大和運輸(現ヤマト運輸)に入社、1971年創業者である父の跡を継ぎ社長に就任。1974年役員会に宅急便の構想を提案するも全員の反対を受けるがこれを説得、1976年商業貨物から撤退し宅急便事業を興す。この間、規制緩和を求めて運輸省や郵政省などと正面から闘い、厚い役所の壁を破る。1987年会長。1991年に取締役相談役に就くが会社に危機感を覚え、1993年会長に復帰。同年私財24億円を投じヤマト福祉財団を設立、精神・身体障害者の無認可小規模事業所の支援を始める。1995年会長を退き、財団の理事長に専念。以後は無報酬で障害者の支援に当たる。2005年6月30日、腎不全のため永眠、享年80歳。