物質がいかなる性質の、いかなる構造のものであるかということを究明して、これをいろいろに化してゆくのが化学だ。
物質化学があれだけ発達しているのだから、人間化学というものももっと発達しなければならない。
それがおそろしく遅れている。
そこに近代文明、現代文明の悲劇がある。
その点は儒教も仏教も同じである。
物質化学があれだけ発達しているのだから、人間化学というものももっと発達しなければならない。
それがおそろしく遅れている。
そこに近代文明、現代文明の悲劇がある。
その点は儒教も仏教も同じである。
安岡正篤
明治31(1898)年、大阪生まれ。大正11年東京帝国大学法学部政治学科卒業。東洋政治哲学・人物学を専攻。大正11年秋に東洋思想研究所、昭和2年に(財)金鶏学院、同6年に日本農士学校を創立、東洋思想の研究と人物の育成に従事。戦後、昭和24年に師友会を設立、広く国民各層の啓発・教化につとめ、昭和58年12月逝去。




