夏目漱石の言葉

今代の人は探偵的である。泥棒的である。
探偵は人の目を掠めて自分丈うまい事をしやうと云ふ商売だから勢自覚心が強くならなくては出来ん。
泥棒も捕まるか、見付かるかと云ふ心配が念頭を離れる事がないから勢自覚心が強くならざるを得ない。

今の人はどうしたら己れの利になるか、損になるかと寐ても醒めても考へつづけだから勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。

二六時中キヨトキヨト、コソコソして墓に入る迄一刻の安心もないのは今の人の心だ。文明の呪詛だ。

夏目漱石

『吾輩は猫である』

夏目漱石
1867年2月9日（慶応3年1月5日） – 1916年（大正5年）12月9日）。本名、夏目金之助。江戸の牛込馬場下横町（現在の東京都新宿区喜久井町）出身。俳号は愚陀仏。大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学（後の東京帝国大学、現在の東京大学）英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、熊本で第五高等学校教授などを務めた後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。当初は余裕派と呼ばれた。「修善寺の大患」後は、『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。「則天去私（そくてんきょし）」の境地に達したといわれる。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。