同時に此何坪何合の周囲に鉄柵を設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞと威嚇かすのが現今の文明である。 憐れむべき文明の国民は日夜に此鉄柵に噛み付いて咆哮している。 『草枕』夏目漱石 夏目漱石1867年2月9日(慶応…
小説家
夏目漱石の言葉(2)
一人前何坪何合かの地面を与へて、此地面のうちでは寐るとも起きるとも勝手にせよと云ふのが現今の文明である。 『草枕』夏目漱石 夏目漱石1867年2月9日(慶応3年1月5日) – 1916年(大正5年)12月9日…
夏目漱石の言葉(1)
文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によって此個性を踏み付け様とする。 『草枕』夏目漱石 夏目漱石1867年2月9日(慶応3年1月5日) – 1916年(大正5年)1…
久世光彦の言葉(4)
ちょっと指で突けばグラリと傾く。せめて父親が強情者のふりをして、柱にしがみついていないと、次の指一本であっけなく瓦解する。 悪しき家父長制とか、封建的な親子関係とかいう能書きをそのまま一つ憶えに信用して、わが国の家庭教育…
久世光彦の言葉(3)
頑固、強情、一徹といったアンタッチャブルな役を仮設すると、家庭内の教育は月並みではあってもうまくいくのだ。 家庭などというものは、もともと脆すぎるくらい脆い屋台なのだ。 『ニホンゴキトク』久世光彦 久世光彦1935年4月…
久世光彦の言葉(2)
それを母親が、自分も被害者のふりをしながら子供たちにうまく取りなし、そうすることによって家庭というものの秩序をはかっていたのである。 『ニホンゴキトク』久世光彦 久世光彦1935年4月19日 – 2006年3…
久世光彦の言葉(1)
昔の父親は多かれ少なかれ、みんないっこくで、一徹だったようである。私の家でもそうだったが、あのころの父親は、家族の中で、そういうキャラクターを多少無理しながらも演じていた節があった。 『ニホンゴキトク』久世光彦 久世光彦…
佐藤愛子の言葉(2)
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佐藤愛子の言葉(1)
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