世間とは、頭の中のように適当な温度で温められている場所ではありません。清潔で整頓された戸棚のようなものでもありません。そして世の中の人という人はすべて、規則正しい折り目のようなものではありません。
始終こんがらがったり、逆様になったり、滅茶苦茶にもつれあったり・・・。
始終こんがらがったり、逆様になったり、滅茶苦茶にもつれあったり・・・。
白洲正子
随筆家。1910年(明治43年)、東京生まれ。実家は薩摩出身の樺山伯爵家。4歳から能を学び、1924年(大正13年)、女性として初めて能楽堂の舞台に立つ。同年、学習院女子部初等科を卒業。米国へ留学。ハートリッジ・スクール卒業後、帰国。19歳で白州次郎と結婚。1943年(昭和18年)志賀直哉、柳宗悦らの薦めもあって『お能』を刊行。戦後は、青山二郎を中心とする文士集団“青山学院”で文学修行に励む。能、古美術、古典文学、史跡に自然と、随筆の題材は多岐に渡る。『能面』『かくれ里』は、ともに読売文学賞を受賞する。