人生の五計ということがある。
人間はいかに生くべきか、それをはかるのが生計。
この身をいかに役立てるかというのが身計。
そして、人間は家を成す動物であるから、いかに家を治めるか − 家計。
人間は年をとる生物である。いかに老いるか – 老計ということが大事である。
と同時に、死ぬということは単なる死、滅亡ではなくて、死は即ち生である。生死一如であるというところに到達する。いかに死すべきか、これは死計。
そういうふうにしてゆけば、いや早死にだの、長生きだのということは、問題ではない、同じことである。
人間はいかに生くべきか、それをはかるのが生計。
この身をいかに役立てるかというのが身計。
そして、人間は家を成す動物であるから、いかに家を治めるか − 家計。
人間は年をとる生物である。いかに老いるか – 老計ということが大事である。
と同時に、死ぬということは単なる死、滅亡ではなくて、死は即ち生である。生死一如であるというところに到達する。いかに死すべきか、これは死計。
そういうふうにしてゆけば、いや早死にだの、長生きだのということは、問題ではない、同じことである。
安岡正篤
明治31(1898)年、大阪生まれ。大正11年東京帝国大学法学部政治学科卒業。東洋政治哲学・人物学を専攻。大正11年秋に東洋思想研究所、昭和2年に(財)金鶏学院、同6年に日本農士学校を創立、東洋思想の研究と人物の育成に従事。戦後、昭和24年に師友会を設立、広く国民各層の啓発・教化につとめ、昭和58年12月逝去。






