一番の美徳は自然の摂理というものをわきまえていたことである。
自分たちの欲望のままに自然や他の生きものを破壊しようとは思わなかった。
鳥獣は山に、人は里に。
共存を当然のこととしていた。
神の存在を信じ、恐れかしこみ、感謝した。
人間が一番エライなどとは思わなかった。
人間の暮しのためにやむをえず他を犠牲にすることはあっても、それを当然の権利だとは考えなかった。
自分たちの欲望のままに自然や他の生きものを破壊しようとは思わなかった。
鳥獣は山に、人は里に。
共存を当然のこととしていた。
神の存在を信じ、恐れかしこみ、感謝した。
人間が一番エライなどとは思わなかった。
人間の暮しのためにやむをえず他を犠牲にすることはあっても、それを当然の権利だとは考えなかった。
佐藤愛子
1923年(大正12年)大阪市生まれ。甲南高女卒業。小説家・佐藤紅緑を父に、詩人・サトウハチローを兄に持つ。1950年(昭和25年)「文藝首都」同人となり処女作を発表。「文學界」に掲載された「冬館」で文壇に認められ、1969年『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を、1979年に『幸福の絵』で女流文学賞を受賞。佐藤家の人々の壮絶な生き方を、ありありと描いた大河小説『血脈』で、2000年(平成12年)菊池寛賞を受賞する。